愛が形を得るとすれば 恐らくはそれこそが真理 「恐らく、私の腹の中にはロックオン・ストラトスの子どもがいるだろう」 戦況は極めて悪い。遂に掛け替えのない仲間すらも失ってしまった。我等が偉大なる魔弾の射手にして頼れる兄貴ロックオン・ストラトス。誰もがその訃報を信じたくない気持ちでいた。 「・・・え?」 ともすれば息が詰まるほどの深刻さに捕らわれそうな中で、アレルヤ・ハプティズムは自らの耳を疑った。 つい数分前に「熱くならない方がいい」と、ちょっと忠告しただけで、バッサリと斬り捨ててきた相手―麗しのティエリア・アーデの言葉がよく聞えなかったのだ。 「ごめん…ちょっと疲れが耳にきてるみたいで…もう一回言ってもらえる?」 「耳が?そんなことでこれからの戦いに全力を出せるのか?全くきみという人間は…」 「ティエリア!だから、さっきのもう一回言って!」 いつもの調子で小言を並べ立てようとするティエリアに、アレルヤはらしくなくそれを遮って声を荒げた。 ティエリアも、少し不愉快そうに眉を顰めたが、それだけで特に反論を重ねるでもなく、言われた通り先程の自分の台詞をもう一度重ねる。 「恐らく…いや、ほぼ確実に。私の腹の中にはロックオンの子どもがいるだろう」 ティエリアは、綺麗な顔を少しも歪めず、むしろそれこそ聖母像のように安らかな表情でそう呟いた。 「ティエリア…?きみは女の子だったの??」 アレルヤは、自分の声が明後日の方向にひっくり返ってしまっているのを感じていた。 「?何を今更。生物学上は男だが?」 ですよね、と思わず脳内でハレルヤに語りかける。しれっとなんの悪びれもない風な目の前の麗人に、どう答えるのが適当か、アレルヤは判断に苦しんだ。 「ティエリア。その…もしも、ね…もしも万が一きみとロックオンがその…そういうことをした仲だとしても…男同士なら中に出しても下すぐらいで子どもはできないんだよ?そもそも、男の腹に赤ちゃんはできないって…知ってるよね?」 「そういう仲とはどういうことだ?中で出すとは何を出すんだ?もうちょっと具体的に喋らないかアレルヤ・ハプティズム」 アレルヤは、ひどい頭痛が襲ってくるのをひしひしと感じていた。これでも随分噛み砕いてわかりやすく喋ったつもりである。もう、正直ハレルヤに任せたい。 「・・・ティエリアは、赤ちゃんが何処から来るかとか、勿論知ってるよね?」 「当たり前だ。馬鹿にするのも大概にしないか」 明らかに機嫌を損ねてしまったようで、ティエリアは形のよい眉を吊り上げてアレルヤを睨み付ける。 怒った顔まで美しいのだけは、事実だが、その人間離れした美貌すら、今のアレルヤには頭痛の原因に思えた。 まるで天使に悪徳を説いているようだな、と、そんな自嘲気味な考えが頭を過ぎった。 「じゃあ、話は早いと思うけど・・・だからね、要するに赤ちゃんはセックスしなければできないんだよ。しかも、卵子を持った女性の子宮にね、男がドクドクと小汚い精子を注いでやって、それがうまいこと着床してはじめて子どもはお腹の中に宿るんだよ。だからきみのお腹の中に正常な女性生殖器がない限り、いくらロックオンに精子を体内に出してもらったことがあったとしても、赤ちゃんはできないんだよ」 アレルヤの言葉をひとつも瞬きせずに聞いているティエリアを見ていると、まるでワインのような瞳が潤んでいくのにつれ、ひどく嗜虐的な気持ちになった。アレルヤの中の本質が、この目の前の妖精のような相手を、もっと虐めてルビーの涙が零れるほどにひどいことをし倒してみたいと、汚してみたい、そんな風に訴えていた。 だからついつい口調と言うよりは選ぶ語彙が、必要以上に直接的なものになってしまった。欲を言えばその小さな口が、ペニスやアナルや、もっと卑猥な単語を発してくれないかと・・・そんなことを考えながら。 「だからね、ティエリア。もしきみのアナルがロックオンのペニスに何度となく貫かれて、精子やローションでぐちゃぐちゃのとろとろに汚れてしまっていたとしたって、それはただの快楽を貪るための非生産的な行為であって、この薄っぺらいお腹の中には、命の一つも生まれていないんだよ」 僕らはただ奪うだけだからね。 と、それだけは口にする気が起きなかったが。 アレルヤは顔にだけはいつもの陰気だが、人畜無害な穏やかな笑みをたたえたまま、そっと紫色のパイロットスーツの上から、女性ならば子宮にティエリアの当たるそこに触れた。 そして掌で、優しく包むように触れた瞬間、アレルヤは体中に電流が走ったような感覚を覚えた。 妙な暖かさがあったのだ。 「・・・嘘?」 驚いた表情のアレルヤを見上げ、ティエリアがにっと口角を上げた。 ほら見ろと、得意げな笑みだ。 「なぁ?言ったろう?」 これは人間のただの体温だろうか。いや、そんな生易しいものではない。それは、瞬時にしてティエリアの皮膚も、強化素材のパイロットスーツも飛び越えて、アレルヤの掌から全身へ駆け巡った、小さな鼓動だった。 「・・・これは・・・何?」 驚愕に瞳を見開いたまま、アレルヤは自分の手から、いや、その手に移った正体のわからない温もりから目が離せないでいた。 ティエリアはそんな様子のアレルヤを見つめ、にっこりと微笑んだ。けれど熟成したワインを流し込んだ底なしの眼には、そんな男の姿など映し出されていないのだ。ただその目は自分の中の奥へ奥へ、記憶の中に鮮明に残る一人の愚かな男だけを湛えている。 「だから、ロックオンの子どもだと言ってるだろ」 まるで理解力の足りない幼児へ、根気強く諭し続ける大人のような慈愛に満ちた高慢な口調で、ティエリアは語る。 「天使が言ったんだ。私は未通のままに彼の子を宿したのだと」 「処女懐胎・・・」 アレルヤの脳裏に、地上で見た協会の美しいステンドグラスが蘇る。そしてさらに、美術館で見つけた神々しくもどこかおどろおどろしい絵画たちも。それは古くから、同一のテーマで幾人の画家たちが挑戦してきたテーマ。 「ティエリア・・・きみはマリア?」 しかしその瞬間、アレルヤは大きく身震いした。まるで氷の羽毛で体を撫でられたようなその感覚に、一瞬目の前が白ける。 ティエリアが、まるで聖女に見えたのだ。 女、というのは間違いかも知れない。 けれど、元々神秘的とも言えた美貌が、その達観したような笑みによって一層研ぎ澄まされ、一種見るものに恐怖のようなものを感じさせていた。 アレルヤには身に覚えがあった。 あぁこれは狂気だ。 この美しい天使の腹の中で熱を持っているのはきっと狂気の塊だ。 アレルヤは自らの隠された金目が、じくじくと熱を持ち始めているのを感じた。 この残酷なほど無垢な男の腹を裂いて、その中にはお前の愛する者の子など宿っていないのだと、あるのは醜い薄汚れた臓器だけなのだと教えてやるのはひどく容易い。けれど、あえて彼はそれをしないのだ。 「私がロックオンを想う気持ちが、天に昇って腹に落ちて来たんだ。こうしていても、自分のものとは違う命の鼓動が感じられる。私は、ロックオンのためにも、そしてこの子のためにも戦わなくてはならないのだ」 「違うよティエリア・・・それは神の子だ」 だからこそ、マリアの夫は自分の種でできたのではない子を孕んだマリアに歪んだ思いを抱いたのだろう? 誰にも愛されていないのに、一方的に想うだけで誰かの子どもを宿すことができるなんて、ありえない。しかもそれがきみのように子宮を持たない体のものがなんて、ね。 けれど、アレルヤの本心をティエリアはただ不思議そうな顔で聞くだけなのだ。 そして目の前の陰気な男が、一息つくのと同時に絵画から出てきた天使の笑顔を綻ばせてこう言ったのだ。 ロックオンは、神様のようなものだろう??だからなんの問題もないよ その後、最終決戦で、ティエリアは内臓を負傷し、それが原因で腹の中身も流れてしまったというのは、後から刹那に聞いた話だ。 誰も何も突っ込みはしていなかったけれど、ねぇ、きみの中から流れて出てきたものはなんだったの? やっぱりまだ羞恥を知らない小さなひくつくアナルから、出てきたのかな? 教えて、やっぱり正体は、目を背けたくなるような汚い何かだったのかな? それともやっぱり、綺麗なきみの中には、綺麗なものしか詰まってないの?(例えば内臓とかもぷるぷるの桃色一色だったりして!) ねぇ、僕にも教えてよ |