きみがこの世界に生まれてきた理由を考える そして僕は少し頭痛を覚える 貪るように激しく抱いた後にも関わらず、きみはぐったりと倒れこむでも意識を手放すように眠りに落ちるでもなく、僕の頭を撫でていた。 いつもなら、僕がひどくした後は、不貞腐れたように顔を背けるきみが、今日に限っては、絡まったくせっ毛を一本一本梳くように丁寧に指をからめてくる。 体力もないくせに、どういう風の吹き回しだろうと不思議に思っていたけれど、少しだけ役立たずな脳みそを働かせてみるとすぐに思い当たった。明日はきみにとって、いや、僕たちにとって特別な日だからだ。 うん、きっとそうに違いない。 明日僕はこの手で、この節くれたった無骨な軍人の手で、きみを殺す。 8年前と同じように、かけがえのない人の腹に冷たい刃を突き立てる。 他でもないきみの為に。 「痛い」 そう思うと、すごく胸が苦しくなった。風邪を引いたときのように、こめかみも痛んだ。 「あぁ・・・すまない」 しかしきみは、そんな僕の心中なんて察する気もないのか、僕の髪に絡めていた指からすっと力を抜いた。 違う、そういうことじゃない。 けれど僕も、あえて口に出して否定はしなかった。 散々セックスをし倒した後だったし、夜はとうに更けきって、むしろどちらかと言えば明け方に近い時間にさしかかろうとしていたけれど、ルルーシュは横になることもせずに、どちらのものともわからない精液で汚れたシーツの上に座り込み、その腿に僕の頭を乗せていた。 闇の中でもうすぼんやりと浮き立つ、白く硬い腿。けれどそこに押し当てた耳には、ルルーシュの赤い血液が、血管を通る音が聞えてくる。 陶器のように白くても、奥の方から湧き出るような熱がある。 「スザク…?泣いているのか?」 「?どうして僕が泣かなくちゃならないんだ?」 心配そうに僕の顔を覗き込んできたきみを、僕は心の底から軽蔑するように笑ってしまう。 「いや、俺にはそう見えただけだ。泣いてないなら・・・それでいい」 きみはひどく傷ついたような顔をして、そしてまた僕の髪にこりもせず指を絡める。 まるでペットでも愛しむかのように、ゆっくりと頭を撫でてくる。 「僕は今、きみが生まれてきた理由について考えていた」 「え?」 ルルーシュの指の動きが止まる。 「たくさんの罪のない人を殺し、世界を変えると言って明日自ら死に向かおうとする、きみに生まれてきた理由なんてあるのかを考えていた」 震える指が、平常心を装うように僕の髪を梳きつづける。 「・・・それで?答えは見付かったのか?」 「まるで他人ごとみたいだね」 「そんなことないさ」 僕は、彼の口から溢れ出る言葉よりも、ただその白い体を流れる血の音に、耳もすましていた。その方が、ずっと雄弁に思えたからだ。 「きみは、8年前のことを覚えている?」 「?8年前の・・・どのことだ?」 僕の言葉にきみは不思議そうに首をかしげた。その仕草は、たまにきみが見せる幼い無防備さを凝縮させたようで、僕はなんとも言えず悲しい気持ちになった。 「全部だよ・・・そう・・・全部」 「さすがに全部は覚えてないんじゃないか?」 「そうなの?僕は覚えてるよ?」 僕の髪を梳くきみの指が、滑らかな動きで地肌に触れる。僕はとても気持ちがよくて、少しだけ眠たくなっていた。 「僕は全部覚えてる。幸せだったときのこと」 「まるで今が不幸みたいな言い方するなよ」 ルルーシュは僕を馬鹿にしたようにそう笑ってみせたけれど、その紫電の瞳が、揺れているのを見逃したりはしなかった。 声が、感情に呑まれたように擦れているのも。 「誰だって、不幸になるために生まれてきたわけじゃないのにね」 「俺が不幸にでも見えるのか?それはお前のエゴだろう。死にたがりのくせに」 「違うよルルーシュ。そうじゃない。そう言いたいんじゃない」 怒ったような、ムキになったようなルルーシュの台詞が、なんだか無性におかしくて、僕は思わず笑ってしまった。頭の上できみがさらにムッとしたのがわかる。 「きみの話じゃないんだよ」 夜明けがもうすぐそこまで近づいてきていた。ほんの少しだけでも眠りたいと願う僕の体は、明日を、これから先を、生きていきたいのだという証に思えた。 「僕はずっと覚えているから。きみが幸せだったことを」 きみの指がピクリと震え、一瞬動かなくなった。けれどもすぐにまた、先程までと同じ動作を再開する。今度はもっと、もっともっと優しく、儚い手つきで。 「ねえ、ルルーシュ。きみはきっと、こんな風に僕の頭を撫でてくれるために、生まれてきてくれたんでしょう?」 きみのその指があまりにも心地よくて、僕の瞼は容赦なく重たくなっていく。 もう時間がないのだと思うと、一瞬でも長くその顔を見つめていたい気もしたけれど、体はそんな心を理解してくれない。 不意に頬に温かい水が落ちてきて、僕はぎょっとした。 咄嗟に顔を上げてしまいそうになったけれど、すぐに思い直してそれをよす。 僕はゆっくり硬く瞼を閉じて、声だけできみの名を呼んだ。 「ルルーシュ?」 「スザク・・・スザク・・・」 きみが僕の名前を呼び返す。一度目はまるで口癖のように軽く。二度目は噛締めるように。 「愛してる」 僕はきみのかみ殺した嗚咽を聞きながら、その体温に包まれて眠りに落ちようとしている。 目が覚めればきっときみは、何事もなかったように美しく僕に微笑みかけるのだろう。 そしてきみの白い肌を、朝の光は眩しく照らす。 その光景を想像したとき、僕はきっと、こんな風にきみが誰かの頭を抱きながら泣くためだけに生まれてきたんだろうと、漸く気付けた気がした。 愛をどうぞ |